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Ai Qualia

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人の主性について

運命・見えない力・霊 回答期限 2021.12.04
2021.12.01

人に厳しくのあるが故、自身にも厳しくあります。そんな人が「やさしくなれるとき」ってあるものでしょうか?

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回答 2 件

回答は各回答者の個人的な意見で、宗派によって見解が異なることがあります。多くの回答から質問者様にとって、一番良い答えを探してみてください。

厳しい中に

2021.12.02

はむさん、こんにちわ。
自分にも他人にも厳しく、というのは優しさが無いということではないと私は思います。
人に優しい=人に甘い、という意味だと矛盾してしまいますが、厳しく接する中に相手への思いやりがあればそれは優しさと言えるのではないでしょうか。
親からの躾が分かりやすいかもしれませんね。
例えば、親が厳しいとしても、それは我が子に立派に成長して欲しいという親の愛情が込められていたりするものです。
上司が部下に厳しくするのも、早く1人前に育てたいという気持ちがあったりするものです。
実際には厳しいだけの人もいるかもしれません。そうならないようにするためにも、厳しくする中にも相手のために、という思いやりを忘れないようにしたいものですね。
一つの考え方として捉えて頂ければと思います。

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自分に厳しい人は、人にやさしい

2021.12.01

 はむさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。自分に厳しい人は、ある意味ストイックですから、それを他者にも求めてしまいがちかと思います。ですが、本当に自分に厳しく生きている人は、実は人には優しいと、私は思っています。「優しい」という言葉はなかなか曖昧な言葉でして、優しい=甘いということではないという前提で回答させて頂きます。
 まず、自分に厳しいということについて考えたいと思います。自分に厳しいと聞くと、「いつも自分を高めるために努力している」とか「時間やスケジュール管理に厳しい」などとイメージするかと思います。もちろん、それは素晴らしいことだと思いますが、私はそれは決して自分に厳しいわけではなく、ある意味では生きていく上では当たり前のことだと思っています。私にとっての自分に厳しいとは、「自分軸を持ち、それをぶらさずに生き抜くことができる人」だと思っています。ある意味では「強く人生を生き抜ける人」だと思っています。人は迷います。いろいろな人からの言葉で傷ついたり、惑わされたり、フラフラしてしまいがちです。特に昨今は、ネットからの情報が氾濫していて、自分の価値観がすぐにぐらついてしまいます。しかし、自分軸がしっかりしていている人はぐらつきません。そして自分の人生を力強く歩み続けることができます。私はそういうぶれることなく生きられる人が、自分に厳しい人だと定義しています。
 そして、そういう人は自分を押し付けたりしません。人はお互いの自分軸で生きるべきだと考えているからです。ですから、例えば「自分はこうしているんだから、あなたもこうしなさい」という方は、自分に厳しく人にも厳しいわけではなく、単に価値観を押し付けているだけの方だと、私は思います。そして自分軸を持っている人は、他者を受け入れることができます。人はそれぞれの軸で生きているとわかっているからです。そして他者がどんな軸で生きているかを知りたいたいという好奇心をも持っているからです。自分軸を持っている人は、他者を尊重し、そして当たり前ですが、他者のことを理解しようと思っていますから、他者に受容的に接するため、相手からすれば「優しくされた」と思うかもしれません。私は優しさとは他者を受けいれられる力だと思っています。
 こんな歌があります。
「人にやさしくされたとき
 自分の小ささを知りました
 あなたを疑う心恥じて
 信じましょう心から」
この歌詞に今まで述べてきたことの本質が書かれているように思います。
 すみません、私の勝手な定義ですので、回答になっているか分かりませんが、ご一読頂けましたら幸いです。
 いずれにしても、他者にやさしさを持って生きようとなさっているはむさんのことを神様はきっと見守ってくださっています。
 インシャアッラー。

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