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Ai Qualia

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ショコラブレッド

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質問数6

性別 女性
年代 40代
所在地 神奈川県

プロフィール

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ジェンダーレス

ここ最近、男女平等に、など性に対して区別しない世の流れです。昨年には、一部の高校入試願書に性別欄が無くなったというニュースも聞きました。 また女性の社会進出を応援してくれたり男性の育休取得など、女性もバリバリ働きやすい環境になってきているなと思います。 しかしながら、私個人としては男性らしさ・女性らしさを求めてしまいます。 男性には女性を守る力強さ、女性には男性を支える慎ましさが素敵だなと感じます。 恵まれて生を受けた意味の、自分だけの解釈なのかもしれないですけどね。 個人の考え方は自由だと思うのですが、これも差別になってしまうのかなとか思ったりしています。 今後、男女という区別がなくなっていったら世界はどうなっていくのか、少し不安です。

『指導する(教える)』へのシフト

今まで教わる側で、それらを身につけ吸収することが喜びと感じていたのですが… それなりに経験年数を重ね、『教える、指導する』を要求される場面が多くなりました。 そこに義務は感じますが、今のところ難しさや思うように進めることができない不甲斐なさに悩まされます。 考えを押し付けることなく、少しずつでも手応えを感じることができればと思いますが、何かを伝えるときのテクニックというかポイントはありますか?

疲れるから何もしない、を変えて欲しい

先日、いつも穏やかな性格の子供と話をしていたときに『怒るのは疲れるから(怒りたいことがあっても)何も言わない』と。 怒ったり感情を露にするのが面倒だからと言うのですが、私は腑に落ちなくて。 『怒る』という行為が、時には、私はこれだけの想いで真剣に向き合っているんだと伝える手段にもなるのに、それをただ『面倒』と捉えられてしまうことに寂しくなりました。 同時に自分の心がいつか悲鳴をあげるのではないかと心配したりもします。 子供は褒めて育てる、という局面だけクローズアップされて、数年後には誰も怒らない、怒られるべきこともスルーされてしまう世の中になってしまうのではと危惧しています。 『怒られた』ではなく『自分のことを想って言ってくれた』と感じてもらうポイントをアドバイスいただけたらと思います。