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Ai Qualia

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上田 匡

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回答数230

所属団体名 天理教 秋和分教会
フリガナ テンリキョウ シュウワブンキョウカイ
所在地 〒0140013
秋田県 大仙市

プロフィール

天理教 秋和分教会 後継者

回答一覧

状況に応じて

イチさん、こんにちわ。 気を遣わせてしまうことを躊躇ってしまう気持ちは分かりますが、親戚の方には事前にお話ししておくことをお勧めします。 そのなかで、コロナも含めた今の状況から近親のみに絞って行うことをお伝えすれば良いと思います。 親戚の方も、状況は理解してくれると思います。 法事は親戚が大勢集まる機会としては大事な行事だと思います。 七回忌を人数を絞って行うことをお詫びしたうえで、コロナが落ち着いたら親戚一同で集まることを望む挨拶をされたら良いのではないでしょうか。 いづれにしても、事後報告だと親戚の方には失礼にあたるかもしれませんよ。 一つの方法として捉えて頂けたらと思います。

質問:七回忌について

回答3

楽しもうとする気持ち

ムッシューさん、こんにちわ。 生きがいを見つけられない、毎日がつまらない、とのことですが、私自身も自分の生きがいは何だろう、と考えてみましたが、なかなか簡単には思いつきませんでした(笑) つまり私も同じように特にこれといった生きがいを見つけられていないわけですが、楽しい日だったと思う時もあります。 もちろん、つまらない1日だったと感じることもあります。 この差は何なのだろうか?と振り返ってみると、ごく当たり前の話でした。 それは自分が楽しもうと行動したか、していないか、の差です。 ん?それって当たり前の話ですよね?と思いますよね。 しかし、これが全てだと思うのです。 やろうとしていることが楽しいか楽しくないか、ではなく、楽しもうとしているか、ということです。 毎日つまらないなぁ、と思ってしまえば、それはつまらない人生だと感じてしまうのは当然です。 それをどうしたらよいのか?という質問をムッシューさんがしているのは分かってます。 だからこそ、あえてもう一度言わせて頂くと、生きがいが無いからつまらないのではなく、楽しもうとしていないからつまらないのだと考えるべきです。 例えば、私の生きがいは登山です!と答えたとします。 登山を楽しもうと思わない限り、生きがいにはなりません。 そして、楽しもうとしなければ、ただ単に山を登っては下りる、疲れるだけの行為になります。 どんなことであっても、このように楽しもうとする気持ちがないと何をやってもつまらないものになるわけです。 自分の気持ち次第ですから、何も難しいことではありませんよ。 それが出来たら苦労しないと思うかもしれませんが、このような考え方もあるのか、と少しでも参考にして頂けたら幸いです。

質問:生きがいを見つけたい

回答2

山あり谷あり

胡蝶蘭さん、こんにちわ。 人生山あり谷あり、とはよく人生の先輩方から聞いたものです。 しかし、何もせずに山を登れるとは思いません。 谷と思える状況だからこそ、上を向いて歩くしか無いのだと思います。 楽しい日々が続いている時は何をやってもうまくいくというのは、それは気持ちが前向きだからだと思います。 逆に気持ちが沈んでいると何をやってもうまくいかないと感じるのも気持ちの問題だと思うのです。 そんなことが5年も続くと不安になる気持ちも分かります。ですが、どうすれば前向きになれるか、というのは、胡蝶蘭さん自身が希望を捨てないで前を向くことでしか解決出来ないと思います。 毎日がつまらない、とのことですが、何をしているとき、どんな状況のときが楽しいと感じるかをまずは考えてみましょう。それが今思いつかないのであれば、昔のことでも良いと思います。今の自分と昔の自分では違うと思うかもしれませんが、昔の自分がベースとなって今の自分がいます。 昔こんなことにハマってたなぁ〜、と思うことがあれば、同じものではなくても同じようなことであれば楽しいと感じるかもしれません。 いづれにしても、自分自身が今、谷にいると感じているのであれば、先にある山を見て、前を向いて、上を向いて進む気持ちが大事だと思います。 一つの意見として捉えて頂けたらと思います。

質問:前向きに生きたい

回答2

徳が失われる

snozさん、こんにちわ。 羨む気持ち、妬む気持ち、誰でも抱いてしまうことはあると思います。 ですが、だからといって嫌がらせのようなことをしてはいけません。 おっしゃってるように惨めな気持ちになってしまうと同時に徳まで失ってしまいます。 徳というのは、誰かのためになること、誰かに喜んでもらえること、などの行いによって神様がくださるものです。 大難は小難に、小難は無難に、と日々の生活の中で、知らず知らずのうちに神様が助けてくださっているのは徳積みによるものと考えています。 徳は目には見えません。自分の意思で徳を使うことは出来ません。そしてお金で買えるものでもありません。 ですが、イメージするとお金と同じように徳は貯めることも失うこともあります。 このように考えることは、難しいかもしれませんが、友人など他人の喜びを一緒に喜んであげる気持ちを持つと自分の心も豊かにしてくれると思います。 こういった考え方も一つの捉え方として思って頂けたらと思います。

質問:どうしても嫉んでしまいます

回答2

良い刺激として

jinさん、こんにちわ。 人の目を気にしてしまう気持ち、よく分かります。 私としては、人の目があるからこそ妥協せず頑張ってみようと思うことも、良い刺激としては有りだとは思います。 苦手意識というのは、変えるチャンスだと思います。苦手だと思わないことにはスルーしてしまうでしょうし、諦めたら何も変わりません。 しかし、本質的なことで言えば、苦手と思うかどうかは自分が決めていることであり、苦手だと思わなくなるのも自分自身です。 そういう意味でも、苦手を克服するには行動あるのみです。 電子機器を例にされておりますが、どんどん新しい物が出て、新しい機能が出て、時代に置いていかれそうな気持ちになるのは私もあります。 でも、そういった中で苦手と思いながらもチャレンジし行動に移しているjinさんは素晴らしいと思います。 苦手だと思ってしまう気持ちはなかなか消えないかもしれませんが、新しい物へのチャレンジで世界が広がる、という前向きさとワクワクする好奇心への意識にjinさんならきっと変えれるはずですよ。

質問:苦手意識の克服

回答2