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Ai Qualia

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ホセイン

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所属団体名 藤沢モスク
フリガナ フジサワモスク
所在地 〒2520807
神奈川県 藤沢市下土棚1745
電話番号 0466-53-9115

プロフィール

イスラームの教えに基いて生活しています。
幸せは心の平安によってもたらされます。
つらいこと、苦しいことをご相談ください。
あなたと共に心の平安を探していきたいと思います。

インシャアッラー。

回答一覧

神の思し召しのままに

 しゃくなげさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私はムスリムのため、イスラーム的観点から回答させて頂きます。  実はイスラームにおいては「結婚」を重要視しています。ムハンマドは「若者よ、緒婚できる者は誰でも、結婚しなさい。そのことは、彼の視線を下げ、慎みを守ることに役立ちます」と述べたとされています。西アジアを中心とした家族制社会が色濃く残っている地域では、現在でも親が子どもの結婚相手を決めます。その点ではしゃくなげさんのお考えに近い部分があるかと思います。  ただ、クルアーンには次のような記述があります。 『またアッラーはあなたがたのたの間から配偶者を定め、配偶のために子女や孫を与えられる。また、良いものを与えられる。』(蜜蜂章72節)  つまり、配偶者は神の思し召しのままにということです。私自身も、結婚を振り返ってみると、人生のタイミングがその時最高だった、つまり神に導かれたような気がしております。しゃくなげさんの娘さんにとってお相手がそのような方なのであれば、きっと素晴らしい結婚になるのではないかと思います。娘さんももう20代後半になり、ご自身で判断ができるお年頃かと思います。それを支えるという意味で、一度お相手に会ってみるのも良いかもしれません。きっとその時に、何かしらの神のお導きがあるかと思います。  いずれにしても、娘さんのことを思うしゃくなげさんのことを神様はきっと見守ってくださっています。  インシャアッラー。

質問:愚かな母親

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人は誘惑に弱い

 ぴーぽさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私はムスリムのため、イスラーム的観点から回答させて頂きます。  まず、イスラームの教えについては、人間の取扱説明書の側面があると言われています。その中で、人は「誘惑に弱い」ということを前提にしています。例えば、男性が女性に抱く欲求については、 「女というものは汝らの耕作地。だから、どうでも好きなように自分の畑に手をつけるがよい」((2章223節) と、クルアーンに規定されているぐらいです。  つまり、ぴーぽさんは自己嫌悪になるようなことも、実は多くの人は気にせずに生きている、または宗教的にも寛容に扱われていることなのかもしれません。私も昔は小さなことにもこだわり、毎日自己嫌悪になっていました。しかし今は神が見守ってくださっているという安心感があります。神の御心に沿った生き方をしていると、おのずと自分の生活も改まります。ただ、先述したようにイスラームにおいては、完全無欠な人間を規定しません。むしろ弱い人間に寄り添った教えが書いてあります。ですから、私も生活が改まったとはいえ、もしかしたらぴーぽさんのお考えでは堕落した生活かもしれません…ぴーぽさんはおそらく他の方から見ればかなり節制された生活を送っているのではないでしょうか。自信を持ってください。  いずれにしても、よりよい生活を目指しているぴーぽさんのことを神様はきっと見守ってくださっています。  インシャアッラー。

質問:自分が大嫌い

回答4

サラーム あなたの心に平安を

 はなびさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私はムスリムのため、イスラーム的観点から回答させて頂きます。  私はできる限り多くの人と心を通い合わせられるようにしています。とにかく相手を受容する、これを大切にしています。もちろん、はなびさんのような状況に陥るときもあります。しかし、そんなときもあきらめずに、その方を受容し続けようとします。  私がこのような姿勢を保っているのは、ムスリムたちが交わす挨拶、「サラーム」という言葉を大切にしているからです。私が冒頭に書いている挨拶の言葉の中に「サラーム」が入っています。それは平安とか平和という意味があります。ムスリムたちは会った時に、お互いにお互いの平安を祈るのです。つまり、つながりのある人を大切にしようということです。私は、このサラームの連鎖が世界に平和をもたらすのではないかと本気で考えています。もちろん、辛い時、苦しい時、心がおれそうな時がたくさんあります。しかし、自分の心を閉じてしまえば、相手が私の心に入りたいな、入っても良いな、と思ったときに入ってもらえません。それを思うと、いつも心を開放していなくてはなりません。私一人が開いていても何も変わらないかもしれませんが、一人、また一人とそういった人が増えることが現代社会において重要なことではないかと私は考えております。はなびさんも今辛いかと思いますが、はなびさんのその姿勢をぜひ大切になさってください。  いずれにしても、どんな人をも受け入れようとなさっている花火さんのことを神様はきっと見守ってくださっています。  インシャアッラー。

質問:嫌な人と向き合う方法

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自分とは何か

 Jeeets!さん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。自分とは何か、大変難しいテーマです。私はムスリムですので、イスラーム的観点から回答させて頂きます。  実はイスラームにおいても、自分とは何かという命題はかなり長い間議論されてきました。「自己を知ること」がイスラーム的倫理の究極目的だとするウラマーもいたほどです。そしてその根本には神を知ることがあるとされてきました。自己を知ることも、神を知ることも、一生を通してすら解決できなできいことかもしれません。しかも人間は動物的本能から、人や環境に自分を合わせようとします。ですからJeeets!さんがおっしゃるような多重人格的な部分を私たちは多かれ少なかれみんな持っているのです。  ただ空気を飲み込んだり、少し心的ストレスが溜まっているようにも思います。今は心的な医療機関も発達していますから、心療内科などに相談しても良いかもしれません。  いずれにしても自分をよく見つめようとなさっているJeeets!さんを神様はきっと見守ってくださっています。  インシャアッラー。

質問:私って何なのだろう。。。

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アンガーマネージメント

 so whatさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私は教育業界におり、一昔前は、部活動の指導に熱中するあまり、暴力・暴言、特に暴言については、昔の教え子に謝りたい気持ちが募るほどでした…そんな私ですが回答させて頂きます。  暴力も暴言も、どちらも相手の心に深い傷が残ります。ですから、どちらも悪いことは間違いありません。しかし、暴力をふるう時、暴言を吐いてしまう時、その時の自分は冷静ではなく、また自分が正しく相手を何とか自分の正しさの下にひれ伏せたいという思いがあります。ですから、暴力・暴言をしてしまう人は、得てして自分の間違いに気づいていません。もしかしたらso whatさんの夫さんも暴力について悪いことだと思っていないかもしれません。so whatさんは自分の発言の悪い点に気付いているので、その点素晴らしいと思います。しかし、so whatさんが気づいてられるように、もしso whatさんが一度立ち止まって発言すれば、状況はかなり変わるかもしれません。最近、「アンガーマネージメント」ということが声高に叫ばれるようになりました。怒りを自分コントロールする力のことです。このアンガーマネージメントにおいて大切なことは「一度立ち止まる」こと、「一度場所を変えて、気分を落ち着けること」です。so whatさんも夫さんもお互いを愛する気持ちは変わらないと思います。その愛を維持していくためにも、アンガーマネージメントについて学ぶことが大切かと思います。まずは、一度立ち止まることからはじめてみてはいかがでしょうか。  いずれにしてもより良い夫婦関係を築こうとなさっているso whatさんのことを神様はきっと見守って下さっています。  インシャアッラー。

質問:暴力か、暴言か

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