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Ai Qualia

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ホセイン

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回答数31

所属団体名 藤沢モスク
フリガナ フジサワモスク
所在地 〒2520807
神奈川県 藤沢市下土棚1745
電話番号 0466-53-9115

プロフィール

イスラームの教えに基いて生活しています。
幸せは心の平安によってもたらされます。
つらいこと、苦しいことをご相談ください。
あなたと共に心の平安を探していきたいと思います。

インシャアッラー。

回答一覧

今の自分を受け入れ、好きでいてください。

 ひなぎくさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私は小学生の頃に手塚治虫のブッダというマンガを読んで以来、「老い」や「死」について考えてきました。30数年考えてきて、今私が思っていることをもとにご回答させて頂きます。  人はいつか死を迎えます。人が死を迎えるという事実は誰にも平等に与えられたものです。ただその死をどのように迎えるかは人によって違います。ひなぎくさんのご年齢は70代ということですが、まずそこまで生き抜いたことに自分をほめてあげてください。人は生まれ、成長し、いつしか老い、そして死を迎えます。ですがいつ死ぬかは誰にも分かりません。ですから、日々の自分を受け入れ、好きになるということが死を迎えるにあたって心安らかになる方法なのではないかと思っています。どんな自分になっていてもそれを受け入れることが肝要なのではないでしょうか。人は若い頃の自分を追ったり、自分にとって一番輝いていたころの自分を追ってしまいがちです。ですが、人生には様々なステージがあり、そして色々な苦悩を乗り越え、生き抜き、今があります。ですから、ひなぎくさんの今この瞬間こそ、一番素晴らしい姿なのではないでしょうか。 たとえ自分の思い通りの、または思い描いた姿ではないとしても、その姿こそ紛れもないひなぎくさん自身なのです。  私も日々死に向かっていますし、悩んでいます。簡単なことではないですが、まずは今の自分を受け入れ好きになってみると、少し気が楽になるかもしれません。  周囲の方々とのつながりを大切に思うひなぎくさんのお気持ちを神様はいつも見守って下さっています。  インシャアッラー。

質問:最近、物忘れが多くなってきた

回答3

目標を共有する

 もすさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私は40歳を超えていますが、今となれば多少の年齢の違いなど気にせず、尊敬できる人を友達と勝手に思っています。こちらからの一方的な思いの部分もあるかと思っていますが、私自身の友達の定義は「周囲にいる尊敬できる人」です。  さて、10代の頃、20代の頃など若い時代、どういう時に「あぁ、友達は素敵だな」と思ったかを思い出してみました。それは部活動だったり、何かの活動だったり、旅だったり、とにかくある体験を共有した時に一緒にいた友達は今でも付き合いがあります。特に何か一つの目標を追いかけたことがあると、なおさら友達への思いは深くなります。部活動で「優勝したい」ですとか、旅先で困難があった時に「どうしてもあの町に到達したい」ですとか、そういった目標を共にすると自然と友達ができた気がします。  ですから、もすさんも「友達をつくりたい」と思いましたら、まずは何か部活動やサークルのようなものに入るのが良いかもしれません。また、アルバイトでも良いかもしれません。一緒に仕事をするという経験は一番の目標共有体験になるかと思います。  若い頃の友達は、本当にいつも一緒にいても全然気にならない空気のような存在です。そんな素敵な友達に出会えることを心より祈っています。  偶然の出会いと思えることも、実は神様の思し召しかもしれません。  インシャアッラー。

質問:友達をつくりたい

回答3

笑顔が素敵なあなたでいてください。

 きゃぴさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私、教育業界に身を置いていますので、その経験からご回答させて頂きます。  私がきゃぴさんのご質問を読んでまず素晴らしいと思ったのは、きゃぴさんのお顔はいつも笑っているように見えるということです。これはきゃぴさんの持つ素敵な特性かと思います。笑顔は周囲の人に良い影響を及ぼします。時として、「へらへらしてんなよ」というような先輩に出会うかもしれませんが、その人はあなたの素敵な表情が羨ましくて、嫉妬しているだけです。きゃぴさんの特性を大切にしてください。  さて、きゃぴさんは後輩になめられていると感じてらっしゃるとのこと。きゃぴさんは部活動でリーダー的な存在なのでしょうか。後輩に言うことを聞いて欲しい、しっかり練習して欲しいと思う気持ち、私も経験があり、大変よく分かります。もし、その後輩さんがあまりにも素行が悪く、部活動全体に悪い影響を与えているようでしたら、きゃぴさん一人で抱え込まずに、部活全体で後輩の練習態度を改善できるように話し合いをした方が良いと思います。  また、きゃぴさんは後輩さんに「言うことを聞いて欲しい」または言い換えれば「自分の思い通りになって欲しい」と後輩に期待をしているように思います。私の経験上、人に期待するより自分が頑張ったほうが良いと思っています。「こうなって欲しい」と人に期待すれはするほど、そうならない時のがっかり感は大変大きいです。ですが冷静に考えてみると、「言うことを聞いて欲しい」というのは私たちの一方的な思いであって、相手からすれば「言うことを聞く必要感が無い」のに言うことを聞くわけがないかと思います。ですから、相手がこんな風になっていたら素敵だなという思いを、きゃぴさん自身に投影してみてはいかがでしょうか?つまりきゃぴさんが後輩さんのあるべき姿のように練習をしたり、部活動に取り組んでみるのです。思春期は言葉で伝えると、相手が恥ずかしがって天邪鬼になる時もあります。ですからきゃぴさんの行動で後輩さんを導いてみてはいかがでしょうか?  いずれにしましても部活動について、そして後輩と真剣に向き合おうとなさっているきゃぴさんことを神様は見守って下さいっています。  インシャアッラー。

質問:後輩になめられている

回答2

子どもは意外と成長しています。

 awagodeさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私、教育に携わっていた経験がありますので、その経験からご回答させて頂きます。  まず私がお伝えしたいのは、お子様の「主体性」を大切にする教育をなさりましたら、ご夫婦にとってもお子様にとっても素敵なのではないかということです。私が中学生と接している時、よく三者面談で保護者の方が「塾に行かせているんですけど…」というお話をされました。大体そういったお話をされるご家庭のお子様は学力不振だったり、勉強に身に入らないことが多かったように思います。塾に行くにしても、お子様に「必要感」があり、自ら「行きたい」と思わないと、効果は薄いと思われます。週2回「自分で決めたんだから頑張る」と思って受ける1時間の授業と、毎日「親が行けってうるさいから仕方なく」受ける1時間半の授業では、圧倒的に前者の方が効率よく実力を伸ばせるかと思います。すみません、この点まったくエビデンスはありませんが経験上お話させて頂いております。  ただ、子どものころから「私、やります!」なんて全力人生の方は少ないかと思います。ですから、保護者の方の働きかけとしては、「あたかも自らやりたいと言い出したように仕向ける」ことが大切かと思います。自分で判断し、自分で決定したことには子どもなりに責任感も出ますし、さらにやる気が違います。よくやる気スイッチなんて言いますが、やる気スイッチを押せるのはやはり自分しかいません。しかし、そのスイッチをお好きにさせることはお子様の周囲にいる保護者の方を含めた大人もできると思います。  今回のawagodeさんが具体的に悩まれているスポーツクラブについても、お子様が「やりたい」と入会したのか、それとも「友達がやろうと言っているから」、または「お父さんがやれって言うから」という当初の入り口によっても変わるかと思いますが、スポーツは大変難しい面があります。私は部活動の顧問を長く経験し、生徒は全国大会に出場したこともあります。その経験から言えば、とてもセンスがあるお子様でも、親御様に「やらされた」と思っている選手は辞めたり、諦めたりするのが大変早いです。awagodeさんのご家庭はそのスポーツに思入れが深そうですので、お父様もお母様もそのスポーツの経験者かもしれません。その場合は特にお子様に保護者の思いをぶつけるだけでは自我が本当の意味で芽生える小学校高学年以降、かなり難しい面が出てくると思われます。ですので、私としては現在のお子様のスポーツクラブでの状況を踏まえながら、ご夫婦でよく話し合い、その結論にお子様が自ら思い至るように(思い至ったと錯覚するように)された方が良いかと思います。または、スモールステップで小さい目標を与えながら、それらのクリアの先にご夫婦の結論である大きな目標に至るように寄り添ってあげるのが良いかと思います。大切なのはお子様がやりたいと主体的な思いを持ちながらそのスポーツを続けていく事だと思います。  好きこそものの上手なれ、お子様のことを心から心配されているawagodeさんのことを神様はいつも見守っていられます。  インシャアッラー。

質問:夫婦の意見が割れたとき

回答2

ほめてやらねば人は動かじ

 ショコラブレッドさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私教育業界にいた経験がありますので、その経験からご回答させて頂きます。  まず、私はショコラブレッドさんのお考えに大変共感しております。怒られる、叱られるという経験は人間の成長にとって大切であり、時として大人から本気で怒られることによって、それが成長のきっかけになる場合もあると思っております。ただ一方で、現在の世相を見ると、お子様の気持ちも分かります。「相手のために」と思って言ったこと(怒ったこと)がSNS等で局解されて拡散されることもあります。ですから余計なトラブルを起こすより我慢するお子様が増えているのではないかと思います。  私は教育現場では決して感情的に怒るのではなく、意図的に怒っていました。怒らなければいけない場面なので怒る(ように見せる)。あくまで意図的なのですが、その発する言葉には感情をこめて相手に伝えていました。それが伝わる場面もあれば伝わらない場面もあったと思います。怒っても相手に伝わらず、ただ憎まれては教育活動がうまくいきません。ですから私は怒る時に意識していたのは、相手の人格などを傷つけるのではなく、その行為について怒るようにしていました。また、怒った後に必ず私ではない誰かにフォローをしてもらっていました。なぜ怒られたのか、なぜ叱られたのか、その理由を他の人から伝えてもらうようにしていました。そして怒ったことについて引きずらない。次に会ったときはほめることから始める。といったことを大切にしていました。  また、人間関係が無い相手に対しては怒らないようにしていました。相手もその一瞬だけを切り取られて怒られては納得しない場合もあります。長い人間関係を経て、信頼関係が構築しているからこそ怒られても理解できるのだと思います。そしてそんな信頼関係のある相手にも怒る前にほめる、または怒った後にほめる、このどちらかでいくようにしていました。山本五十六が言うように、「ほめてやらねば人は動かじ」です。  すみません、長々書いてしまいましたが①相手の行為だけを叱る②フォローを入れてもらい、自分の怒った行為がどれだけ相手のことを思ってのことだったのかを伝えてもらう③引きずらない④信頼関係に基づいて怒る⑤結局はほめる、このあたりが怒ったとしても相手に伝わる怒り方なのかなと思います。お子様が思うように確かに、面倒ですね…ですが、人生のどこかで必ず人は怒られます。怒られることに感謝しなくては本当はいけませんが、なかなかこのご時世では相手から理解されない場面が見られます。怒る側が成長しなくてはなりません…  いずれにしましても人間関係の本質について深く考えてらっしゃるショコラブレッドさんのことを神様は見守って下さっています。  インシャアッラー。

質問:疲れるから何もしない、を変えて欲しい

回答2