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Ai Qualia

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ホセイン

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所属団体名 藤沢モスク
フリガナ フジサワモスク
所在地 〒2520807
神奈川県 藤沢市下土棚1745
電話番号 0466-53-9115

プロフィール

イスラームの教えに基いて生活しています。
幸せは心の平安によってもたらされます。
つらいこと、苦しいことをご相談ください。
あなたと共に心の平安を探していきたいと思います。

インシャアッラー。

回答一覧

昔話を語り合う

 TAKA.Aさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私自分の祖母の介護に携わった経験がありますので、その経験をもとにご回答させて頂きます。  高齢者の方々に生きがいを与えるということはとても大切なことです。ただ、高齢者の年齢的なステージによってもそれは変わってくるかと思います。もし70歳程度で健康も良好であれば、それこそ趣味を見つけたり、旅行に出かけるなどアクティブなことが可能かと思います。ただ、もし年齢が進み、歩くことなどもままならない状態になると、そういったアクティブで前向きな生きがい探しはだんだん難しくなるのが実状だと思います。私の祖母は80歳ぐらいから一人での歩行が困難になり、自宅介護となりました。その時、母と私が祖母と接する時にしていたのが「昔話」です。それは「むか~し、むかし…」で始まる浦島太郎のような昔話ではなく、祖母と私たちが共有している過去の旅行だったり、体験だったりについて語り合うということです。不思議なことに高齢者の方々はつい今しがたご飯を食べたことは忘れているのに、何十年も前のことを克明に覚えています。そういった「記憶」を引き出し、それを語ってもらうと、祖母は楽しそうに笑って話をしてくれたりしました。もちろん時には記憶がはるか昔に飛び、戦争の時の思い出や、母を生んだ時や叔父を生んだ時の思いでやらを語る時がありました。それを語るとき、おそらく脳が活性化するのか、祖母の語る情景のスピードの速さについていけない時もありました。また、祖母が語りだすきっかけとして昔の写真を見せたりすると、そこから昔話が次々に出てくることもありました。  人はいつも前を向いて生きているわけではなく、終焉を迎える時、人生を振り返ることが心の安らぎにつながることがあると思います。私の経験だけの話で、何の根拠もありませんが脳の活性化にもつながっていたように思えます。  いずれにしても高齢者の方々の幸せを心から願うTAKA.Aさんのことを神様はきっと見守って下さっています。  インシャアッラー。

質問:高齢者に生き甲斐を与えたい

回答3

新しい価値観、新しい世界との出会い

 きこるんさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私は数回転職をし、新しい人間関係の中で働く経験をしてきましたので、その経験からご回答させて頂きます。  きこるんさんの仰る通り、職場の人間関係とプライベートの人間関係は全く違うものかと思います。社会人になってからの年月が過ぎればすぎるほど、プライベートの人間関係は狭まってくると思います。きこるんさんの仰る通り、気の合う友達としか会わなくなっていくからです。大体同じような価値観、同じような生活背景を持つので、一緒にいてストレスもなく、楽しい時間を過ごすことができます。ただ裏返せば、「狭い人間関係」になってしまいがちかと思います。  一方で職場の人間関係においては、もちろん仕事への価値観や意識も違い、そして人生の背景も違う人々と働くことになります。様々なギャップがあり、また職務上の付き合いということもあって腹を割って話せない部分もあり、プライベートより突っ込んだ人間関係が築けない場合があるかと思います。ただ私は職場での人間関係は、「自分の中の新しい扉を開くためのきっかけ」と割り切って考えています。今までの自分が持っていない価値観や、様々なスキル、考え方に触れることができます。それを合わないと感じるか、新しいものに触れられて良かったと思えるかは自分次第かと思います。「違う」ことはストレスを生みますが、「新しいものに出会う」ことは楽しさを生み出すと思います。  また、私は新しい職場の方々とできるだけ「共有体験」をすることを大切にしています。共有体験は「仲間意識」を生み出します。例えば一緒に出張に行くとか、一緒にあるプロジェクトをやり遂げるとか、そういった経験を共にすればするほど、仲間意識が強まり、もしかしたらプライベートの人間関係以上の結びつきを生み出すことがあるかもしれません。私の社会人経験においては、そういった「仲間」がかなり多くおり、振り返ってみるともしかしたらプライベートの人間関係よりも多くなっているように思います。これは幸運なことだったと思いますが、それだけ仕事に真剣に打ち込んだ証だとも思っています。仲間は本気の仕事に本気の仕事で返してくれると思います。  いずれにしても、職場での人間関係をより良くし、仕事を通して社会に貢献したいと願っているきこるんさんのことを神様は見守って下さっています。  インシャアッラー。

質問:人付き合い

回答2

子どもと一緒に〇〇をする

 メモリーさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私、教育業界に長く身を置いておりますので、その経験からご回答させて頂きます。  私がご助言したいポイントは一つ、「○○やっておいてね」は余程しっかりした子ども以外はスルーされます。ですから、もし子どもにやって欲しいことがあるのなら、子どもとそれに一緒に取り組むということです。  スマホをメモリーさんのお子様は手放せないようですが、そうなってしまった原因もあるかと思います。もしかしたら奥様が家事や子育てに忙しく、お子様にスマホの動画を見せる時間が長かったですとか、もしかしたら知らず知らずのうちにメモリーさんがお子様の前でスマホをいじる時間が長かったりなどあるかと思います。本来的にはスマホなど娯楽につながるものについては「使い始める前にルールを決める」というのが大切かと思います。ただ、それは理想であり、日々の生活に忙しいかと思いますので、なんとなくスタートしてしまう場面が多いかと思います。そうなってしまうと、やはり人は子どもであっても楽なほうへと流れてしまうのが普通です。その時に、「○○やっておいてね」と言っても、その気持ちは子どもには届きません。  私はそういう時、「○○を一緒にやろう」と言うようにしています。大人ですら、楽なほうへ行きたがるのですから、子どもが「○○やらなくちゃ」とか「○○を絶対にやり遂げる!」なんて思わない方が普通です。ですかあら、どうしてもやらなくてはならない宿題や課題などがあるのでしたら、それをやり遂げるまで一緒にいることが大切ですし、親子の信頼関係にもつながるかと思います。もしかしたらお子様は「○○やれって今日も言っているけど、いつも3回ぐらい言われるから3回言われたら少しやってみよう」程度にしかもはや思っていないかもしれません。ですが、大人が本気を示し、「○○やるまではず~~~っとあなたのことを見ているよ」とか「○○を絶対にやり遂げて欲しい。そのために何か聞きたいことがあったら横にいるから聞いてね」と一緒にいてあげることが大切かと思います。  または帰宅して1時間後に勉強を始めるなどの「習慣化」も良いかと思います。おそらく夕飯を食べる時間は決まっていると思いますし、その時間になるとお子様はお腹が減ってくるかと思います。習慣の力は一度見につくとなかなか消えていきませんので、ご飯を食べるのと同じ「当たり前の感覚」で勉強に臨めるように粘り強く一緒に取り組むことも大切かと思います。  ちなみに私は親から一度も勉強しなさいと言われたことはありません。親が忙しすぎて、私のことを一切構ってくれませんでしたので、自分で全てのこと(家事も含めて)やらなくてはなりませんでした。また、親の忙しさを目の当たりにして、親に迷惑をかけたくないとなんとなく思っていたのかもしれません。ですから状況によっては、「完全スルー」というのも一つかもしれません。ですがこれは正直お勧めしません。私は大変特異な例かと思います…  いずれにしてもお子様のことを大切に思うメモリーさんのことを神様はいつも見守って下さっています。  インシャアッラー。    

質問:仏の顔も三度まで

回答3

一呼吸置く

キツネさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。キツネさんと同じように私も感情表現が豊かなほうなのですが、そういった自分の経験からご回答させて頂きます。  まず感情が豊かなことは私としては良いことだと思います。ただ、機嫌が上下することは良くないことだと思います。感情と機嫌の区別はこれまた難しい面があるかと思いますが、機嫌の上下が激しい人は周囲に迷惑をかけがちかと思います。もしキツネさんが怒りや不満の気持ちを抑えきれず、誰かを攻撃してしまうというのでなければ(つまり機嫌によって動いてしまう)感情が豊かなことはそれだけ感受性も強く、そして感謝の気持ちを強く持っている証拠かと思います。ただ悲しい、とか落ち込むといった気持ちが強く出てしまうのであれば、もしかしたらキツネさんは「期待が強い」のかもしれません。期待が大きければ大きいほど、その反動で悲しみや落ち込みも大きくなります。私は、現在人間関係においても仕事においても他人に過度に期待をしないようにしています。期待をしていない分、もし何かをしてもらえたらただただ嬉しいですし、感謝の気持ちが強くなります。  また、私は子どもが生まれてから、どんな時も必ず一呼吸置くようにしています。子どもの一挙手一投足は親にとってはそれこそ感情が爆発する瞬間でもあります。言葉をしゃべった、嬉しい!!!おしっこをもらした、悲しい!!!などと全てに強い感情が伴うと、子どもに対しての親の対応にも強い感情が働いてしまいます。ですから、今は何かが起きた時、まず一呼吸置いてどう自分の感情を表現しようか考えるようにしています。そして基本的には子どもをほめられる場面では、嬉しい気持ちを大きく表現し、その逆の時はできるだけ小さく表現するようにしています。  感情が豊かなキツネさんは、きっと周囲を楽しませるムードメーカーかと思います。ですが時として逆の場面もあり、それについて周囲に気を配ろうとしているキツネさんを神様はきっと見守って下さっています。  インシャアッラー。

質問:感情のコントロール

回答2

この星にボーダーなんてない

 ハクナマタタさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私は教育業界におりまして、生徒200名程度の学年そして600名程度の学校全体の生徒指導を担当したことがありますので、その際の経験などをもとにご回答させて頂きます。  まずハクナマタタさんは、人それぞれ価値観が違うということを認識されています。私はこれが一番大切なことだと思っています。価値観が一人一人違うということを知った時に、人は自分の「ボーダー」を乗り越えられたのだと思います。昔、カップラーメンのCMで「この星にボーダーなんてない、no border」なんて言葉がありました。人はその成育歴などから自分の中に「ボーダー」つまり「価値観」という枠を醸成します。そして多くの人がその価値観に縛られ、自分の価値観と合わない人を阻害します。これは大人の世界でももちろんおきますが、子どもの世界ではより激しくおこります。人は「居心地の良さ」を求めます。おそらく多くの人にとって「家庭」は居心地がいい場所です。なぜなら家庭の中で価値観が共有されているからです。(実際は思春期という子どもの価値観の動揺以後は、家庭ですら子どもにとっては居心地が悪くなる場合もありますが)その居心地の良さ=同じ価値観の共有という夢幻を子どもは家の外でも求めようとします。それを強く求める子どもがいじめを起します。自分との違いを許せないのです。  ですが、自分とは違う人間に同じ価値観を強制することはできませんし、それは人間関係の破綻を意味します。ただ、仕事やスポーツにおいては同じ目標を持ち、それに向かって共に頑張ることができます。気をつけなければいけないのはこれはあくまでも「目標」を共有したのであって、価値観を共有したわけではありません。あたかも価値観を共有したような錯覚に陥ってしまう人は、結局は価値観を押し付けてしまう(いわゆるパワハラなど)という失敗に陥ります。  私はお互いの価値観について、そのボーダーを探ることは難しいと思います。それよりもボーダーを最初から超えてしまうことを考えたほうが良いと思います。つまり、相手の価値観に対して胸襟を開き、受け入れるということです。こちらがボーダーをつくり、受け入れない姿勢を取ってしまった段階で、不毛な平行線が始まります。お互いが胸襟を開きあえるのが一番ですが、まず自分が胸襟を開いて相手と接すれば少なくともこちら側のボーダーはありません。これはそれほど難しいコミュニケーションスキルではなく、ただただ素直になれば良いだけです。もちろん相手の価値観を受け入れ、相手のことを理解した後は、必要に応じて相手の価値観について無視しなくてはならない面も出てくると思います。あくまでも相手の価値観を否定するのではなく、知っていながら無視すれば良いのです。この無視するということに少しスキルが必要かもしれません。例えば会話の中で「ハクナマタタさん、これについて私は〇〇だと絶対思うんだよ。そうでしょう?」などと相手が念を押してくる場面があるかと思います。そんな時、「なるほど、そんな考え方もあるんですね」など、相手を受け入れつつ、しかし肯定しない答え方をするのも上手な価値観の無視の仕方です。  私は様々な人間模様を見、そして自分自身その人間模様にドロドロに巻き込まれていた時期もありました。その時感じたのが、先述のCMの言葉「no border」です。つまらない価値観にこだわったり、お互いを責め合うのではなく、理解しあった後に築きあがる新しい人間関係のほうが大切です。ボーダーなんていらないと私は思います。そしてそういった人間関係をつくる時の魔法の言葉が「ハクナマタタ」=問題ないさ、だと思います。  いずれにしても人との関係を深め、社会により貢献しようと思ってらっしゃるハクナマタタさんのことを神様はいつも見守って下さっています。  インシャアッラー。 

質問:価値観の違い

回答2