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職業に貴賤なし

恋愛相談・人間関係 回答期限 2021.09.30
2021.09.27

高い難易度の資格をたくさん取得しているの友人がいるのですが、やたらと職種にこだわりすぎていまして自分のスキルが出し切れる会社に勤めたいといいつつ中々就職が決まりません。

どちらかというと尊敬される仕事や人に頼られる仕事よりも大声でのティッシュ配りだったり、大急ぎで間に合わせる荷物の運送だったり若ければ自発的に動く仕事の方がキラメキを感じます。

友人にはなんてアドバイスしたらいいんだろう?

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回答 2 件

回答は各回答者の個人的な意見で、宗派によって見解が異なることがあります。多くの回答から質問者様にとって、一番良い答えを探してみてください。

働くとは、

2021.09.28

snozさん、こんにちわ。
私も職業によって価値の差は無いと思っており、どれも社会には必要なものだと思っております。
しかし、実際には給料や時給に差があり、仕事=お金を稼ぐ、とするならば職業や職種によって対価が異なるということもあります。
私の信仰している天理教では、働くことを「はたはた(周り)を楽にさせるから、はたらくと言い、人間は働くために生まれてきた」との教えがあります。
つまり、働く意味としては、人のためになることを一番に考える、ということです。
ご友人の方が資格を活かしたいと思うことは素晴らしいことです。
ですが、資格を自己主張のためにと考えるのではなく、どうやって人のため、会社のため、社会のためになるかを考えることが重要なのではないかと思います。
ご友人にアドバイス出来ることがあるとしたら、資格は自分のためにと考えず周りのために、と考えると自然と資格を活かす働きが出来るのではないか、ということです。
どのような資格なのかも分からず回答してしまったため、参考にならなかったかもしれませんが、働くという姿勢について一つの考え方として捉えて頂けたらと思います。

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人の役に立つ人は最良の人

2021.09.27

 snozさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私もsnozさんと同様、職業に貴賎無しと思っております。お友達も職業に貴賤を感じているわけではなく、ただ自己のスキルアップとして資格習得、それを就職に繋げようとなさっているかもしれません。また、スキルが高い=人間的に尊いわけではありませんが、確かにそのあたりをお間違いになっている方が最近多いようにも感じます。そのあたりのことを私の信仰するイスラームの観点からご説明させて頂きたいと思います。
 日本ではイスラームについてマスコミなどの影響で大変否定的な感覚を持つ方々が多いと思いますが、実は大変合理的な教えを持っています。それは教義にもあらわれており、教義は大変シンプル、そして秘蹟・ミラクルの少ない合理的な宗教として世界では認識されています。「イスラームの合理的な性格は、イスラーム世界を穢れの観念の薄い世界とした。その端的な表れが卑賤の少ない職業観であり、カースト制度を持つインドとは対照的である。」と、イスラーム社会の研究家である岩本氏も述べています。
 この「穢れ」という概念がある社会では、歴史的に見て職業に貴賤をつける傾向が強いと思います。日本は世界的に見ても、衛生観念が早くから発達していますが、この衛生観念と「穢れ」とは本来一致しません。本来的な「穢れ」とは、「『西宮記』巻七 定穢事
或記云,弘仁式云,触穢忌事應忌者,死限卅日,産七日,六畜死五日,産三日,其喫完,及弔喪,問疾三日。
このように『弘仁式』では人の死と産,六畜の死と産,その肉を食うこと,喪を弔うこと,病人の見舞いに行くことが「触穢」として定められていることがわかる。そして各々に忌むべき日数が定められており,『弘仁式』の段階で前述の穢れに対する忌避意識が出現していたことが知られるのである。」と井出氏、牛山氏共著の『古代日本における穢れ観念の形成』に述べられています。これが江戸時代頃になると生や死に関わる仕事が穢れ多きとされていったようです。
 しかし、イスラームではこのようなことを否定します。イスラームにはある特定の職業を無条件に優れたものとする発想法はほとんどありません。イスラームの行為規範を取り扱う学問であるイスラーム法学では、例えばアッ=サラフスィーという学者は以下のように述べています。
「生業には4種類ある。賃約、商い、農作、製作である。大多数の法学者の見解では、これらの全ては一様に自由で許されている」
 イスラームでは、職業の貴賤が無く、そして「人の役に立つ人は最良の人」という概念があります。預言者ムハンマドの言行録(ハディース)に次のようなものがあります。
「最良の人とは、人々にとって最も有益な人である。」
 私は全ての職業は、誰かに必要とされているから存在していると思います。つまりどの仕事も誰かのためになっていると思います。どんな仕事を通してでも人の役に立つことをすれば、それこそ最良の行いをしていることになります。やはり職業には貴賤などないと考える方が自然ではないでしょうか。
 誰かのために仕事をする、そうすれば最良の人になれる、と是非お友達にお伝えください。そして全ての仕事は誰かから必要とされているから存在するのであり、それに尊い、卑しいなどないともお伝えください。
 いずれにしても全てのお仕事を大切なものであるお考えのsnozさんのことを神様はきっと見守って下さっています。
 インシャアッラー。
 

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