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どう生きるべきか

生き方・心構え 回答期限 2025.06.13
2025.05.14

50歳になって、会社でもうこれ以上昇進とかはなさそうだなと感じています。
若い頃は仕事一筋で、とにかく頑張ってきたつもりなんですけど、ふと立ち止まると、この先、何を目標に生きていけばいいのか、全然見当がつかなくなってしまって。

子供たちはもう巣立って、家には妻と二人きりの時間が増えたんですけど、お互いに特に共通の趣味があるわけでもなくて、昔は色々話もしたんですけど、最近は本当に会話も少なくなってきて、なんだか気まずい時間が多いんです。

仕事も、もちろん生活のためには続けなきゃいけないと思っていますが、若い頃のような情熱はもうなくて、ただ毎日をこなしているだけのような気がしています。
かといって、 すぐに仕事を辞める勇気もないですし、辞めたとして何をすればいいのかも想像できません。

妻との関係も、このまま何となく過ぎていくのは寂しいと思っています。
何か二人で楽しめることを見つけたいんですけど、何を始めたらいいのかも分かりません。
昔みたいに、また二人で笑って話せるような関係に戻りたいんです。

第二の人生って言っても、具体的に何をすればいいのか、どんな目標を持てば充実した日々を送れるのか、全く想像がつかなくて不安です。
何か、新しい目標を見つけるための考え方とか、夫婦で一緒に楽しめるような趣味を見つけるヒントみたいなものがあれば、ぜひ教えていただきたいです。

回答 3 件

回答は各回答者の個人的な意見で、宗派によって見解が異なることがあります。多くの回答から質問者様にとって、一番良い答えを探してみてください。

孫が生まれるまで辛抱する

2025.05.19

ンガアイホー!私K子様言います。台湾人だから日本語間違うかもだけど許して。
私はっきりいう好きだからはっきり言うけど、孫ができたら劇的に生活が変わるね。妻と二人、きっと孫を溺愛するね。あなたとても良い人のように思う。だから孫が出来さえすれば自然にあなたたち夫婦の目標は定まる。それまでの辛抱だよ。

善行を積み、悪行を避ける

2025.05.19

 ぶるーたすさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私は40代後半ですが、ブルータスさんのお気持ちよく分かります。私はまだ子どもが小さいものの、50歳を目前にして今後自分の生きる目的とか意味とか、自分は何のために生きるのかなどと考えるようになりました。若い頃はとにかく目の前にある仕事に一生懸命で、それを最大限より良く終えようとだけ思って頑張っていました。しかし、仕事の結果が良いか悪いかは実は簡単には分かりませんし、また考えようによっては全てが良くて、逆にすべてが悪くなることもあり得ます。そう思うと何を目標に生きるべきかどんどん分からなくなります。
 ぶるーたすさんにお伝えしたいのはもしかしたら信仰をお持ちになる時期なのかもしれないということです。私はムスリムですが、聖なるクルアーンには自分が何をすべきなのかすべて書いてあります。そしてそれを実践すれば神のご意志に従うことになり、天国へ一歩近づくことになります。ですからご自身が思う善行を積んでいく事が大切です。日々仕事をしていると「何となく」だったり、「適当に」だったり、真面目に仕事に向かえなくなるかもしれません。しかし、クルアーンは怠惰さ、もしくは非生産的で無益な物事の追求による時間の浪費を、信仰心の欠如の表れ、もしくは不信仰であると見なします。ですから天国へ行こうと思えば、我々は日々の仕事に真面目に取り組まねばなりません。それが目標をつくってくれるとも言えます。
 また、夫婦関係についてクルアーンにはこのような一節があります。
「出来るだけ仲良く、彼女らと暮らすのだ。汝らが、彼女らを嫌っても(忍耐せよ)。その内(嫌っている点)にアッラーからよいことを授かるであろう。」
 ぶるーたすさんは妻の良いところを見つめようとなさっています。それだけでも神のご意志にしたがっていると言えます。妻との関係性で楽しいことがあったほうが良いでしょうし、思い出に残るようなことがったほうが良いでしょう。しかし、妻との関係性で言えば、妻とただ仲良く生活できていればそれで十分なのです。
 いずれにしても仕事でも生活面でもより良く生きようとなさっているぶるーたすさんのことを神様はきっと見守ってくださっています。
 インシャアッラー。

ただそばにいてくれるだけで

2025.05.19

私は子どもができるのが遅かったので、60歳の時に下の子はまだ成人だった。だから、きみのようなゆっくりした50代を過ごすことができなかった。だから私の意見はあまり参考にはならないかもしれない。
ただ私が伝えたいのは、「そばにいてくれる人がいる幸せ」についてだ。人間の欲求は限りない。恋人ができれば、もっと素敵な恋人ができるかもしれないと思うようになるし、お金が稼げるようになると、もっとお金の稼げる仕事に転職したいと思うようになる。あたりまえにそこにある幸せに人は気づけなくなるのだ。
一生を共にしてくれる妻がそばにいるだけで幸せではないだろうか。もし、妻側に不満がるのなら、それはきみも色々がんばったほうが良いだろうが、子どもを育て上げたきみたちだ。何も毎日笑顔で語り合う必要も無いだろう。心の底でつながっているのではないだろうか。
そばにいてくる人がいる。きみは幸せ者だ。

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