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幸せ....

生き方・心構え 回答期限 2021.08.25
2021.08.22

幸せにお金は関係ない」と言うヤツが、人生に“本気”になってるとは思えない

回答 2 件

回答は各回答者の個人的な意見で、宗派によって見解が異なることがあります。多くの回答から質問者様にとって、一番良い答えを探してみてください。

事柄の違い

2021.08.24

ABさん、こんにちわ。
お金があるから幸せ、お金が無いと不幸、そういう風に考える人もそう考えない人も様々な考えを持っている人はいることでしょう。
但し、幸せにお金は関係ないと言う人でも、お金は必要無いものだ、と言っているわけではないと思います。
お金は生活する上で大事なものだとは分かっているはず。
幸せを感じる事柄にも人それぞれある中で、それをするのにお金を使うわけではない、という意味なのかもしれませんね。
例えば、友人との飲み会が楽しみという場合。飲み会で飲食にはお金が掛かります。ですが、友人を呼ぶのにお金を誰かに払うことはしませんよね。
友人と楽しく食事をするために飲食代としてのお金は必要だか、友人とはお金で買った関係ではない、ということですね。
仕事においても、給料ではなくやりがいのためにやっている、と言う人であっても、給料は要らないと言っているわけではないと思います。
働くことはお金を稼ぐことだということは分かっているはずですから。
お金が全て、と割り切る人ももちろんいますね。
どちらが正しい間違いとかではなく、
お金で買えるもの、お金で買えないものがあるというなかで、人それぞれに幸せと感じる事柄は何か?ということだと思います。
回答になっていないかもしれませんが、一つの考え方として捉えて頂けたらと思います。

幸せとは何か

2021.08.23

 ABさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私も「幸せとは何か」についていつも思い悩んできました。幸せについて考える時に私の中で重要な要素を占めるのが宗教です。また、幸せについて悩んでいるからこそ宗教にその救いを求めているとも言えます。いずれにしても幸せとは人それぞれ定義と価値観の違いがあると思いますので、日本人ムスリムはこんな風に考えているんだ、ぐらいのお気持ちでお読みいただければと思います。
 ABさんにとっても幸せとは何でしょうか?質問の文を拝見すると、「お金」が大切なキーワードのようです。世の中では「お金が無くてもあなたさえいれば幸せ」なんていう甘美な言葉を大切にしているカップルもいれば、「地獄の沙汰も金次第」と思い、日々お金を稼ぐことに幸せを感じる人もいます。私はどちらもその当事者が「幸せ」を感じているのであればそれで良いと思います。おそらくお金を大切にしないで生きる人たちは、違う何かを大切にして、それに人生をかけているかもしれません。
 例えば、私の知り合いの方は「旅」に全てをかけています。定職につかず、ある程度お金が貯まったら世界へ旅に向かう…旅の目的を果たしたら帰国し、再び旅の目的を探し、それが見つかればその目的のためにお金を稼ぎ、旅に出かける…そんな彼はとても幸せそうです。ですが、彼の「旅の幸せ」も稼いだお金が原資になっています。そういう意味で言えばお金はやはり大切です。ただ、彼は必要以上にお金を求めないという点ではお金が幸せの軸ではないとも言えます。
 また、私の知り合いで徹底的にお金を稼ぐことに人生をかけている方もいます。彼は大学卒業後、超一流企業にいましたが、サラリーマンでは稼げるお金が決まっているため、3年で退職し、起業しました。そして、本当に寝る間も惜しんで働き、今は3つの会社を持つ経営者です。彼は本当に時間が無く、忙しそうですが、稼いでいる額は私などが想像できないほどのようで、彼も幸せそうです。
 さて私はと言えば、私の場合ABさんほどお金が人生の柱になってはいないと思いますが、お金も大切だと思っています。私が幸せを感じる時は「経験」を得たと思う時です。旅の経験、仕事の経験、何でも良いのですが、人があまり経験できないようなことを経験できるためには、それこそ金に糸目をつけません。そしてその経験の積み重ねこそ私にとっての幸せです。ですから、私の経験=幸せの源泉となりうるお金も大切です。イスラム教徒(ムスリム)がお金を大切なんて言って、宗教を信じる人は清貧でなくてはならないのでは?とお思いになるかもしれませんが、実際どの宗教もお金との関係は歴史的に深いというのが実状です。キリスト世界では有名な「免罪符」が「販売」されました。そしてイスラームではコーランにこんな一節があります。「啓典を授けられた者たちで、アッラーも最後の日も信じず、アッラーと彼の使徒が禁じられたものを信じず、真理の宗教を受け入れられない者たちとは、彼らが卑しめられて手ずからジズヤ(税)を支払うまで戦え」(『コーラン』9章29節)つまり、イスラーム世界を広げていく戦いの理由はある意味「税」=お金の徴収にあったのです。ただ、もちろん根底にあるのは「宗教を広げる」ということですから、お金が第一義的ではありませんが。
 私は、「人の幸せは人の幸せ」であって、その基準がどんなものであるかはその人次第で良いと思います。人と同じ幸せの基準、例えばお金という基準だけで生きてしまうと、いつも周りが気になり、「あの人よりお金を持っているかな?=幸せかな?」というさもしい考えになってしまうかと思います。自分にとっての幸せとは何かを追い求めていくと、ある時そういった狭い世界から脱せられると思います。自分の幸せとは何かを追い求めるために宗教はあるようにも思います。イスラームでは「真の豊かさとは、莫大な富を所有することによって得られるのではない。真の豊かさとは、魂の豊かさなのである。」(アル=ブハーリー収録の伝承)という言葉もあります。魂の豊かさ=幸せとは何なのか、私も考え続けていきたいです。
 すみません、ABさんのご質問のお答えになっているか分かりませんが、ちょっと変わった日本人ムスリムのたわごとと思って頂ければと思います。いずれにしても、幸せの意味、人生の意味を問い続けるABさんのことを神様はきっと見守って下さっています。
 インシャアッラー。

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