違反回答報告

Ai Qualia

TOP > 質問一覧 > 違反回答報告

日本人の無宗教

生き方・心構え 回答期限 2022.09.25
2022.09.22

日本人はどちらかといえば宗教を信仰している方は少ないと思いますがお正月には初詣に行きお盆やお葬式、神様に対する思いというのは無宗教とは言い難い心に宿る何かがあるような気がします。
宗教の信仰と神様の信仰って別のものなのでしょうか?

回答4

老いると宗教と向き合うようになる

2022.09.23

私もきみが言うように、神と宗教への信仰は別物だと考えて生活してきた。心のどこかに神はいると思いながら、特に何かの宗教に入信することもなく、当たり前のように12月31日は除夜の鐘を寺につきに行き、1月1日には神社の鳥居をくぐり、初詣をしていた。結婚式は教会でおこない、子どもが生まれれば神社でお宮参り、そして七五三をした。それも得に宗教心があったから、それら宗教施設に行ったわけではなく、生活の一部としてそこを訪れていた。ただ、常に神様はいると思い、特に人生の壁にぶち当たった時は神様に祈る時もあった。
そんな私だが、年をとるにつれ、神と向き合う時間が多くなった。それは日本の各地を旅する時間を得、そして日本中に寺や神社があるからだ。もちろん神戸に行ったときには神戸モスクも訪れたし、中華街では道教の廟も訪れた。そんな私の宗教観を決めたのが、お遍路さんだ。1週間ごとぐらいの細切れで数年かけて妻と四国のお遍路さんを終えた。実はお遍路さんを始める前は、神道の巡礼だと思っていた。しかし、言ってみると仏教の巡礼だった。(空海のたどった道)八十八か所の寺を巡るうち、私ははっきりと仏教徒だと意識するようになった。どこかの寺の檀家になったわけではないが、私は毎日般若心経を読む。そして仏の世界に思いをはせる。そして仏教に関する歴史書などを読んで一日を過ごす。何というか、年をとると、自分の心にあった宗教心があふれてくるように私は思う。きみの言う通り、日本人は不思議だが宗教と神を別に考える。しかし、年をとっていくと、宗教に導かれていくように私は思う。

雷おやじ | 高知県

プラネット
みなさん、はじめまして。
私は昭和13年生まれ。曲がったことは大嫌い。
ゴミの出し方ができていない若者を注意したり、ペットの糞を掃除しない夫婦を注意したりしていたら、近所の子どもたちから「雷おやじ」と言われるようになってしまった。
自分で言うのもなんだが、「雷おやじ」は令和においては絶滅危惧種。しかし、誰かが雷おやじ役を引き受けないと社会は良くならないとも思っている。
私がみなさんの雷おやじとなり、みなさんの人生がまっすぐに進めるように助言させて頂く。

違反報告

以上の質問内容について一般利用規約に反していると思われる部分を具体的に指摘してください。ご報告いただいた内容が運営団体以外の第三者に伝わることはありません。

違反項目必須

最もあてはまる内容を、以下から1つ選んでください。


注意事項

・ご報告に運営団体が個別にお答えすることはありません。
・ご報告をいただいた内容は一般利用規約に照らし合わせて確認を行います。
・ご報告いただいても違反が認められない場合は、対応・処置をしない場合もあります。