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Ai Qualia

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神仏の別れた理由

その他 回答期限 2020.11.28
2020.11.21

江戸時代までは神仏習合だったのに何故今は分離され神と仏に別れて信仰するようになったのか

回答2

まさに日本の宗教観の特徴です。

2020.11.23

 シュンさん、アッサラームアレイコム!ホセインと申します。私は大学時代歴史を専攻し、また日本中・世界中の様々な宗教に触れてきた経験からご回答させて頂きます。
 まず、日本の神道は大変特殊であることをお伝えしたいと思います。仏教には経典が、ユダヤ教やキリスト教には聖書が、イスラームにはクルアーンが、というように一般的に宗教にはその教えをまとめた聖典があります。しかし日本の神道にはそれがありません。また、八百万の神の言葉に表されるように全てのものに神が宿る可能性を示しています。唯一神であるユダヤ教・キリスト教・イスラームとは一線を画し、外来宗教の神をも包括することが可能です。このあたりが日本の宗教観の特徴である、全ての宗教をある一定の範囲で許容し、取り入れる(クリスマスを祝い、除夜の鐘を鳴らし、初詣に行く等)ことの原点になるのではないかと私は思っています。
 さて、ここからは私の勝手な歴史的見解として神仏習合についてお話させて頂きます。仏教伝来、そして奈良時代に東大寺建立以後、神仏習合は日本の伝統の一つとして存在しました。広島の有名な千光寺は神仏習合の例を表しています。山の入り口に神社があり、山を登っていくとお寺があります。そういった神仏習合については、天皇との関係性で歴史的に説明ができます。皆さん歴史の授業で一度は聞いたことのある聖武天皇は東大寺を建立しました。天照大神の子孫である天皇家が仏教を受容、つまり神道と仏教はすでに奈良時代には習合していたのです。その流れは、一時的な仏教エスノセントリズムや神道エスノセントリズムがあったにせよ、明治維新まで続きました。
 明治維新後に、やはり皆さん歴史の授業で一度は聞いたことのある神仏分離令が出されます。今までの将軍による全国統治から天皇による全国統治という大転換を容易に成し遂げるために、天皇が神道と結びつき神として再び崇められるようにしたのです。突然江戸幕府から政治権力を奪った明治維新政府に人々が背くことのないように神を味方につけたのです。日本人は言われたことを忠実に守る性質がありますので、神仏分離令自体は仏教排斥を目指したものではなかったのに、神道を優先するあまり、廃仏毀釈運動が各地で起こってしまいます。これにより従来の神仏習合は終わりを遂げていきます。
 神様はシュン様の宗教や歴史への疑問をいつも見守って下さっています。
 インシャアッラー。

ホセイン | 藤沢モスク

プラネット
イスラームの教えに基いて生活しています。
幸せは心の平安によってもたらされます。
つらいこと、苦しいことをご相談ください。
あなたと共に心の平安を探していきたいと思います。

インシャアッラー。

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